第4話 2021京成杯　天国の夕子ちゃんへ届け

「あれからもう２６年か・・」

こぎんちゃんがつぶやく。

今日もがんちゃんと一緒に夕ぐれ食堂。でもいつもと雰囲気が違うみたい。

「この日が来るといつも心がキュッとなる・・」

弓子さんがお銚子で二人のお猪口に酒をつぐ。

小さいころ神戸に住んでいた弓子さん。

６４３４人がなくなった阪神大震災で大切な友達を失っている。

隣に住んでいた仲のいい友達の夕子ちゃん。

随分古い木造住宅だったせいで、倒壊して下敷きになってしまった。

魚市場で働くため朝早く家を出ていた夕子ちゃんのお父さんだけが助かった。

「ゆうこちゃーん！みなさーん！」

弓子さんの家族みんなで、声帯がちぎれるんじゃないかと思うくらいに目一杯何度も呼びかけたけど、返事はかえってこない。

そのうち周りに火があがって、家族みんなで泣きながら小学校のグラウンドに避難した。

「夕子ちゃんのお兄ちゃんやおばさんも、とっても良くしてくれてたの。
親が共働きだったから一人でいることが多かった私に、夕飯を一緒に食べさせてくれたりしてね・・。震災の日の夜遅くに避難所にきたおじさん。
いつも明るくてひょうきんで、私たちをいっつも笑わせてくれたおじさんが、能面みたいに何の表情もなくて。
私怖くなって、おもわず外に逃げちゃった。」

聞きながら、がんちゃんが弓子さんに少しだけどう？ってお酒をすすめた。

「ありがとう、吉井さん。地震の年の暮れからルミナリエが始まったんだけど、私は最初の数年で行くのをやめてしまったの。
きれいなイルミネーション通りを笑顔で歩く人たちが年々増えていって。恋人同士もいるし、幸せそうな家族もいる。
なんだかそんなところにいるのが申し訳ない気持ちになっちゃって・・。
しばらくして神戸を離れてからも、ニュースなんかでルミナリエが出てくるとチャンネルかえてた。
今はもう大丈夫なんだけれど、それって私の記憶も風化してるのかなって、ちょっと不安になったりもして・・」

弓子さん、毎年１月１７日は早朝に起きて朝風呂に入ってから正座して、５時４６分５２秒を迎えるって。

話にじっと聞き入ってたこぎんちゃん。

震災の時はまだ高校生で卒業間近だった。

それでも朝のニュースに衝撃を受けたって。

「人それぞれに震災の記憶の残り方ってあるだなぁ・・。こういう話をすることが大事なんですよね、きっと・・」

弓子さん、話をして少しだけ気持ちが晴れたのか笑顔が戻ってきた。

がんちゃんがちょっとだけ悪戯っぽい表情を見せながら、カウンターの下から競馬新聞を取り出して広げた。

「弓子さん、俺はね、明日の京成杯、買う馬とっくに決めてるんよ。
デンデン（◎本命）は、１枠１番タイムトゥヘヴン。
お母さんがキストゥヘヴンでさ、この馬が桜花賞を勝ったときにアドマイヤキッスとのキス×キッス馬券で大当たり。
お世話になった馬なんよ。それに何より、キストゥヘヴンって名前・・」

「私もその馬買いたい！」

なんとなんと、弓子さんが珍しく馬券を買うって。

「私もその馬から行きますよ」

がんちゃんも乗ってきた。