夕ぐれ食堂競馬みち

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読む競馬(1)『優駿』宮本輝

競馬本の紹介、第1回は宮本輝さんの「優駿」です。

私にとって、ずっと変わらず小説の中でNo.1の本。

 

この小説には北海道の馬産地の風景がたびたび出てきます。

 

優駿を読んだ人は誰もが、シベチャリ川をみたくなる。

私も以前は毎年夏の終わりごろに北海道を訪れていました。

 

苫小牧から襟裳岬に向かって走る国道235号。

新冠、新ひだか、浦河のあたりは右手に日本海、左手には牧場と馬たちの風景が広がります。

 

太平洋の地平線に沈んでいく夕日をバックに、放牧地から厩舎に戻ろうとする母馬と仔馬。

2つの濃い茶色の影をじっとみつめていると、この本の登場人物になったような錯覚をおぼえるのです。

 ぜひ皆さんに読んでもらいたいです。

 

■圧倒的なサラブレッド・ロマンであるとともに徹底的な人間ドラマ

 北海道のちっぽけな牧場が一世一代の大勝負にでた。

 

トカイファームの渡海千造は、借金をして自分が持っている一番の肌馬ハナカゲに、高馬のウラジミールをかけた。

 

生まれた仔馬はクロと呼ばれた。

血統の面白さから大阪の企業家である和具平八郎が買い付け、やがて「祈り」を意味するオラシオンという名前をさずけられる。

 

一頭の馬の誕生をきっかけに、この馬に携わる人々の人生がドラマティックに動き出す。

それぞれが、オラシオンの美しさ脆さに魅せられて、自分の人生を重ね、運命そのものを賭けていく。

 

そして迎える日本ダービー。

オラシオンは勝てるのか、オラシオンに魅せられた人々の運命は・・・。

 

物言わぬ美しいサラブレッドと、それとは対比的な人間たちの業。

圧倒的なサラブレッド・ロマンであるとともに、徹底的な人間ドラマ。

 

■動き出す人々の運命

平八郎には、15年間私生児としたまま会ったこともない息子がいる。

重症の腎不全で、助かるには腎臓移植しかない。

病床で初めて対面した平八郎に訴える息子。

「お父さんの、腎臓をください、お願いですから・・」

しかし時すでに遅し。

平八郎は腎臓移植を迷ってついに行動を起こさなかった自分を責める。

同じ時期、経営する和具工業は業績悪化により窮地に追い込まれ、身売りの話がでる。

平八郎は事業家としての矜持をみせつつ、新たな一歩を踏み出そうとする。

和具工業は一体どうなるのか、平八郎の新たな一歩とオラシオンにかけた思いとは・・。

 

平八郎の秘書であり、オラシオンの名付け親でもある多田。

幼い時に両親が離婚し、母に見捨てられる形で父に育てられた。

自分も学生の頃に、同じように同棲していた彼女を捨てた過去を持つ。

結婚した後に、自身の問題で子供ができないことを知る。

ハナカゲとオラシオン、平八郎と誠、千造と博正など周りの“親と子”のさまざまな関係に接しながら自らを顧みる。

一見クールに見えるが、心の奥底には決して無くしていない深い情がある。

物語の終盤で和具工業の行く末を大きく左右する動きをするわけだが、果たしてその結末は・・。

 

借金をこしらえてまでオラシオンをつくった渡海千造。

オラシオンがデビューしてしばらく、末期癌を患ってしまう。

やがてあとを継ぐことになる博正は、ハナカゲに高馬のウラジミールをかけた父と同じく大きな勝負に出ようとする。

博正とトカイファームの行く末は・・、オラシオンの母ハナカゲのその後は・・。

 

魅力的な登場人物は他にも。

田舎者の博正とは対照的に都会的な平八郎の娘久美子、一頭のサラブレッドにより飛躍と挫折を経験しやがてオラシオンの主戦騎手となる奈良。

 

オラシオンにかかわった誰もが、抗うことのできない運命に翻弄されながらも自分の信じた道を歩んでいく。

 

■渡海博正の言葉に詰まった生産者の思い

 平八郎がクロの購入を決めた日、千造の息子博正が、馬房でクロに話しかける場面がある。

この言葉の中に、一頭の仔馬を送り出す生産者の思いがすべて詰まっている。

日が暮れはじめた、弱い明りの下で重なる一人の人間と一頭の馬。

 

俺がいったとおりになったろう。お前は絶対高く売れるって。

でも、セリの前に売れるなんて思ってもみなかったよ。

俺の牧場じゃあ、そんな馬は、お前のおっ母ちゃん以外、うまれたことなかったもんな。

これで借金は返せるし、父ちゃん、和具さんが買いましょうって言ってくれたあと、俺を見て泣いてたよ。 『優駿」より

  

来年、おっ母ちゃんとも、俺とも別れたら、お前、ひとりぼっちなんだぜ。

そのときは辛くって哀しくって泣くだろうけど、そうやって、お前、競走馬になって行くんだよ。

そのうち、自分のおっ母ちゃんのことも、俺のことも忘れちまうよ。

でも俺、お前が絶対に怪我をしねぇように、それから絶対にダービーに出られるようにって、シベチャリ川にお祈りしてるからな。 『優駿」より

 

 俺も父ちゃんも、お前が走るダービーを観に行くからな。

俺、そのときのことを考えると、もういまから心臓がドキドキしてくるよ。

クロ、いつかきっと俺のところに帰って来なよ。

俺、そのことも毎日毎日、お祈りしてるからな。 『優駿」より

 

 人生をかけてつくりあげた馬への切ないまでもの愛情。

読んでいるだけでこみ上げるものがある。

 

みなさん、ぜひ読んでみてください!

 

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